Posts or Comments 2008年8月28日

企業家 hakozaki | 2008年4月21日(月)

ライフワークを生きる[2]

●本当の『成功』が見つかった2年前

入社5年後に旅行代理店を退社し、流通とマーケティングの事業を立ち上げた菊池さん。
事業は順調で、 4~5年前から会社は自分がいなくても回るように育ち、
時間の制約からも自由になったそう。

若くしてセミリタイア、まさに今話題の成功したビジネスオーナー!

「それがですね、イメージ通りなのに、なぜか胸の辺りに違和感があったんですよ。
どうしてなのか、自分でもなかなかわかりませんでした。
それがある講演会がきっかけで、大発見があったんです。

これまで、僕が信じていた『成功』はフォーマットされた、ひとつの形であったことに気づきました。
僕にとっての『成功』は、いろんなものから自由になるということと、何かを成し遂げる、
ということだったんです。
ところが、その講演会で講師の方が『成功』とは自分の理想、
つまり、大好きな自分でいることだと言ったんです。本当に目から鱗でしたね。kouenkai←目から鱗の講演会の1コマ♪

とはいえ、心のどこかでやっぱり!という気持ちもありました。
大好きな自分でいていいんだ~という声が聞こえたような気がしたんです。
これがきっかけで、その後半年くらいで自分の生き方の軸のようなものができました」

●ライフワークは「林間学校」

そこで、菊池さんは2006年11月から「林間学校」を始めます。

「自分に帰ろう。自然に帰ろう。をテーマに、友人・知人に声をかけてやってみたら、
あっという間に30人くらい集まっちゃって。
もうライフワークのひとつですね。もっと力を抜いていこうよ、と伝えています。
みんな、それぞれ得意なことを持ち寄って、
レンガを組んで石釜を作ってピザを焼いてくれる人がいたり、
楽器を弾いたり、文字の勉強したり、自由にシェアして楽しんでいます。

camp1 camp3

リラックスと真剣な状態って、別の状態じゃなくて共存してるんですよね。
力が抜けると直観が入ってくるようになります。
階段を一段一段上がるより、直観と繋がった方が早いです。

『力み』があるうちは、本来の自分軸にないのでムリしてしぼり出しちゃったり、
なんか違うな~という違和感を常に感じてしまうんですね。

でも『力み』があるのは、それを大事だと感じているからこそです。
僕の友人達は、自分がリラックスできる状態を日常生活に
落とし込む工夫をして、反復しています。

『林間学校』が、自分の軸を確認するきっかけのひとつになればいいな、と思っています」

camp4camp2

●仕事が成功している人に共通なこと

「これまで多くのビジネスパーソンと面談してきましたが、
素晴らしい実績を上げている方々に共通のことがあるんですよ。
そういう人たちって、ぱっとひらめいたら、面談中でも『ちょっとすいません』って言って
すぐに電話をかけます。そうすると、その話は必ずいい方向にまとまっています。

でも、普通は『待っちゃう』んですね。
あの人に電話するにはあれを準備してから、とか
お昼時だからランチの後にかけようかな、とか… 」

どうやら「力みをとる」、「力を抜くこと」はビジネスシーンでも重要なポイントのようですね。

さて、旅が大好きだった菊池さんですが、最近はあまり行かなくなったそうです。

「海外はほとんど行ってないですねえ。
昔は欠乏感から『旅』に出かけていたんです。

今は普段の生活が『旅』になったので、わざわざ出かける必要がなくなりました」

☆菊池さんがワクワクする時ってどんなときですか?

family 人の可能性や人生が開いて、輝いていくとき。

企業家 hakozaki | 2008年4月14日(月)

ライフワークを生きる[1]

今日は菊池章仁さんをご紹介します。

kikuchisan

 
菊池さんは、流通コンサルティングや講演、セミナー、ビジネスコミュニティの運営など
様々なフィールドでご活躍で、 これまで1万人以上の起業家の相談に乗ってこられました。
事業が多岐に渡ってきたので、今年から肩書きを「福の神」にしたそうです♪

●居酒屋のバイトとバックパッカー

菊池さんは愛媛県のご出身。町には信号が2つだけ、海へも山へも徒歩5分!
の自然に囲まれた環境で、中学時代はテニス一筋。県大会優勝の実力の持ち主です。

高校3年間は往復30Kを自転車で通学し、毎日が筋トレ!

文武両道で、国立大学に合格するも、理系の国立大生は
自分のイメージした大学生活とかけ離れている予感がして、
京都の私大に軌道修正したそうです(笑)

それでは、さぞやバラ色のキャンパスライフを?

「いえいえ、それが全く予想が外れまして(笑)
経済学部は女の子が少ないし、これじゃ国立行っても同じだったんじゃ?!って感じで・・・」

なかなか熱中できるものが見つからなかった生活が、アルバイトで一変します。

「居酒屋でバイトを始めたんです。京都では有名な串揚げの店で、
本店は1日1,000人位来店するんですよ。

僕は支店でしたが、150人ほど入れる店内がすぐに満席で。
開店前はいつも行列が出来てましたね。週6でバイトしてました」

週6?!一週間は7日ですが・・・?

「お店の定休日が僕の休みで(笑)休みの日はお店の人たちと遊びに行ってました。
バイトでしたが、仕事も段々まかされるようになって。
接客しながら回転率を上げるために、どの席があと何分位で空くか、
厨房と連携していつも考えてました」

アルバイトじゃなくて店長みたいですね。

「居酒屋ではバイトのまとめ役になっていたので、僕が休みをとるために後継者を
どんどん育成したんですよ(笑)この経験は後々、自分でビジネスを立ち上げてから
本当に役に立ちました。休みをとっては旅に出かけたんです」

旅行はどんなところへ出かけたのですか?

「いわゆるバックパッカーで、南米、中東、ヨーロッパなど大学時代に30カ国くらい行きました。
一番最初に行ったのは台湾で19歳の時です。
バイト仲間に台湾の留学生がいて、実家に帰るというので友達と遊びに行ったんです。

いや~、カルチャーショックでした。
タクシーで移動しているとき大雨が降ってきて、道路が水浸しになったんですよ。

僕たちは心配して運転手さんに大丈夫?って聞くんですが大丈夫、大丈夫って。

ところが、大きな水溜りに突っ込んじゃって、車の中に水が入ってきた(笑)
そしたら運ちゃんが、降りて車を押せというので、友達と全身ずぶ濡れになって押しました」

そんなのアリ?!
それまで知らないうちに刷り込まれていた「枠」がはずれたような体験だったそう。

次は一人で夏休みに2ヶ月間、ニュージーランド~東南アジアへ。
旅行中に出会った人に「旅は二人で回ると得られるものは半分」と教わり、
それから基本は一人旅。旅先ではずっと日記を書いていたそうです。

「アマゾンの森でぼーっとしていたら、すごく不思議な体験をしたんです。
身体がどろーっと溶けちゃう感覚に包まれて、地球と一体になったというか、
自分もすべての存在物と同じ生命体なんだという気持ちになりまして。

身体の細胞一個一個が認識できる感じなんですよ。
星野知子さんの本に同じことが書いてあって、びっくりしました」

sushiparty

*70頭の野生のイルカが住み着いている
オーストラリアのポートスティーブンスにて。

宿で知り合ったドイツ人、ベルギー人とシェアして何か作ろうとスーパーに行ったら、海苔、コメ、お酢、しょうゆ、わさび、 そして、なんとマグロを発見!!

しかもトロも赤身も同じ値段で格安~☆

菊池さん、スシパーティで板前デビュー!

 

 koalaPossum

↑泊まった宿には野生のコアラやポッサムが出没!

 

●就職活動は「旅好き」=旅行代理店

旅が大好きだった菊池さん。
自分の体験を生かして、「旅を通じて夢を開くお手伝いがしたい」と旅行代理店に就職します。

好きなことで仕事ができるなんて、理想的ですね。

「いえいえ、それが間違いのはじまりで(笑)
旅が好き→旅行代理店ではないんですよね。
旅そのものではなくて、自分はどうして旅が好きか、ということが重要なんです。

僕の場合は、旅を通して色々な人に会って話をしたり、
旅先で自分と向き合って発見があったり、ということが大切なことでした。

それでも企画営業に配属してもらったので、最初の2~3年は自分でツアーの企画を立てて、
出張や添乗もして、それなりに楽しくやっていました。

週末は友人達と山にこもってキャンプファイヤーしたり、
自分をだましだまし働いていたのですが、ある時、やっぱり違う、このままじゃだめだと
決心し、起業を視野に入れて仕事をするようになったんです」

(続く)

●菊池さんも参加した大人気セミナー「鶴岡秀子の元気がでる教室」DVD
全シリーズ揃って、大好評発売中~♪

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マーケティング hakozaki | 2008年2月18日(月)

プロモーションしたいのは「感動」!

今日はハートツリー株式会社代表取締役の
服部 進さんをご紹介します。

hattorisan

服部さんはマーケティングの専門家。
様々なキャリアを積んで、昨秋、会社を立ち上げました。

どうして独立されたんですか?

「もう、起業した方が早いと思いまして。
サラリーマンだと制約ありすぎるんですよね」

服部さんを知る周囲の方からは
やっと出たか、と言われたそうです。

新しく始めた会社では、マーケティングの力で
「木を植える」プロジェクトを推進中。

マーケティングの力で「木を植える」???

「事業会社で仕事をしていて一番感じたのは、
マーケティングにお金がかかりすぎるということです。

マーケティング担当の仕事って『この商品忘れないで!』と
発信し続けることなんです。

それで、ずっとツールを探していて、『木』に出会いました」

服部さんは様々な分野の方々、企業とコラボレーションして
ハートツリープロジェクトをスタート。

このプロジェクトのイベントに参加したり、商品を買ったり、
スポーツを応援するだけで、日本のいたるところに木が
植えられるという仕組みです。

プロジェクトで植えられた木の数は、ホームページで
見ることができます。

ハートツリープロジェクト

・ハートツリープロジェクト
http://heart-tree.com/index.html

服部さんは高校、大学とバドミントン部に所属。
バドミントンは、実はとてもハードなスポーツで、
マラソンの次に運動量が多いと言われているそうです。

関西リーグは1部~7部まであり、強豪の私立大学がひしめく中、
国立大学で、いい選手が揃った服部さんの代は、3部から2部に
昇格するチャンスが…

シングルスの1番手で出場した服部さん。
フルセットまで持ち込みますが、3セット目に足を痛めて負けてしまい、
残念ながら2部昇格とはならなかったそうです。

「すごくきつい試合で、足を痛めたことを言い訳けにしちゃったんです。
今でもよく覚えています。だから今は絶対諦めません。後悔するから」

大学卒業後、JT(日本たばこ産業株式会社)に入社。
面接で「一生たばこを吸う気はありません」と言い切るも、見事内定。
新規事業部を希望して入社したところ、配属されたのは「塩」の部署
だったそうです。

「文字通り、いきなり塩漬けでした。2年経って、ようやく関連会社の営業に
異動になり兵庫県を担当し、営業成績はそこそこできていたかな、と。
その後、東京のマーケティング部に異動になり、商品企画をやることに
なったんです」

お~、ここから服部さんの華やかなマーケティング人生が
始まったんですね?

「いえいえ、全然。天狗になった鼻がポシャリと…(笑)
一からやり直しました。営業とマーケでは見るところが違うことに
気づいたんです。営業は『流通』を見てればよかったんですが、
マーケは『お客さん』を見なきゃいけないんです」

視点を変えてシフトアップした服部さん。
「薬用ニキビシート」というヒット商品を生み出します。

そして、JTの飲料事業部で、健康飲料や紅茶飲料を担当し
34歳で転職。

調査会社やスポーツマネジメント会社の立ち上げにかかわり、
その後、大塚製薬でSOYJOYのマーケティングを担当。

品川のオフィスでコーヒーを飲みながらぼーっとしている時、
通りに植えてある木に元気をもらったそうです。
その頃から、「木」とご縁があったのかも知れません。

☆服部さんがワクワクする時ってどんなときですか?

人と話していて、自分では考え付かなかったようなひらめきが、
話の中からうまれてきつつある時です。
どんどん、今までの伏線がつながってきて、
ほんと、神様がおりてきたか、と思う瞬間です。

あと、サッカーワールドカップ、みんなで歌う君が代は、
日本人だなぁ!と実感させてもらえます。
さあ、いくぞ!という感じで、わくわくする一瞬ですね。

worldcup_a  worldcup_b

そうそうもう一つだけ!ドラゴンズ・・・
ドラゴンズの荒木・井端の素敵なプレーです(笑)
彼らの二遊間のプレーを見られる野球ファンは幸せですよ!

コミュニケーション hakozaki | 2008年2月1日(金)

宇宙の調べに耳を澄ます

今日は東京薬科大学生命科学部4年生の
稲垣遼さんをご紹介します。

inagakiryo   nara

稲垣さんは書店で何気なく手に取った本がきっかけで、
色々な出会いが広がったそうです。

その本は星野道夫さんの「未来への地図」。

時を同じくして、ユニークな旅行会社「地球探検隊」が主催する
オーロラスライドショーに参加します。

「ちょうど、本にもオーロラが出てきたのでシンクロしてるな~と。
スタッフの方に星野さんの本の話をしたら、
地球交響曲(ガイアシンフォニー)という映画を教えてもらったんです」

何度か上映会を手伝ううちに、龍村監督と話をする機会に恵まれ 
ひと言挨拶するために監督と握手した稲垣さん。
その時、何か手伝いたいと強く感じた稲垣さんは事務所にメールで連絡。

すると、ちょうど上映会のスタッフを探していたところで、
話はとんとん拍子に進み、龍村監督の事務所で働くことに…

遼さんにとって新しい発見や出会いに恵まれた貴重な1ヶ月と
なりました。

sukinamono

 

 

 

地球交響曲は1992年の第一番公開以来、全国各地で自主上映会が開催されており、観客動員数は、のべ230万人。現在、第六番まで公開中。

 

「もう、ガイアシンフォニーがますます好きに…(笑)
そして、『今この瞬間に生きる』とはどういうことなのか
よく考えるようになりました。

今もわからない事だらけですが、人は繋がりの中で生かされているからこそ、
ご縁をもっともっと大切にしようと思いましたね。

この頃から手紙が好きになった気がします。
携帯じゃなくて手書きの」

稲垣さんは映画・地球交響曲第一番の中で、
登山家のラインホルト・メスナーが語った

「今一番大切なことは、国や企業を糾弾するキャンペーンよりも、
一人一人の人間の心の中の革命です。それも、普通の人々の普通の生活の
中での心の変革が実は一番大切だと思います」

という言葉が胸に残っていて、自分ができることは何か、
ずっと考えていたそう。

そして、去年の11月から「モノガタリ」という活動を始めました。

友人や知人に、個人が持っている「モノ」について語ってもらい、
相手が話してくれたことに対して、稲垣さんがまた新しい情報を
付け加えてフィードバックしていくというものです。

CD-ROM  インタビューの内容をCD-Rにしてプレゼント♪

例えばこんな風に…

稲垣さんが、クラリネット奏者の友人にインタビューした時、友人はクラリネットの
吹き口の下の「樽」と呼ばれる部分を持ってきて、楽器にまつわる色々な話を
聞かせてくれたそうです。

そこで、稲垣さんは、クラリネットについて調べ、

・クラリネットの原材料はグレナディラという木で
主な原産国がタンザニアだということ
・クラリネットを作るために伐採した木のうち、使われる部分は
40%しかないこと
・環境保護の対象になっている木であること

という情報をインタビュー内容に付け加えて、フィードバックしました。

「自分が使っている楽器に関する新しい情報を知ることで、
今まで以上に楽器に対して愛着を持ってもらえればいいな、と。

友人は、部活で演奏していた頃の熱い思いがよみがえってきて、
これから先の未来で、自分がどうなりたいか、そのために、どんなアクションが
起こせるのか、考えるきっかけになったと言ってくれました」

最近、稲垣さんも楽器を始めたそうです。
その楽器とは…

Didgeridoo バットじゃありません♪

「『ディジュリデュ』という楽器です。オーストラリアに住む先住民アボリジニが
作る世界最古の木管楽器で、ユーカリの木で出来ています。
自然の状態でシロアリが食べて、中が空洞になってるんですよ~!」

 

☆稲垣さんがワクワクする時ってどんなときですか?

okinawa シンクロ二シティが起こるとき♪

●稲垣遼さんのブログ「ガイアのあしおと」
http://gaia-messenger-ryo.cocolog-nifty.com/blog/

コミュニケーション hakozaki | 2007年11月27日(火)

ボールに乗ってどこまでも

今日は株式会社ディスコ教育広報事業部の宮道力さんを
ご紹介します。

宮道さんは総合人材サービス会社で企画営業を
ご担当です。

宮道さん)現在 ニコニコ笑顔に秘められた情熱…

愛媛県今治市ご出身の宮道さん。
野球が大好きで、小学校4年生の時に少年野球のチームに
入って毎日野球三昧。

「愛媛と言えば野球、鯛めし、ポンジュースですから!」

ところが、中学校ではバレーボールに転向。
当時は身長140cmで、ネットから手が出なかったそうです。
それなのに、どうしてバレーを?

「テレビでワールドカップをやってたんですよ。
エースが横山樹里の時代です。熱いプレーにすっかり夢中になり、
もう、これは自分もバレーをやるしかないと・・・(笑)」

中学ではレシーバーやセッターで活躍した宮道さん。
引き続き、高校でも春高バレーを目指すのかと思いきや・・・

「高校、大学はハンドボール一筋です。
大学のハンド部では、今でも交流のある恩師との出会いがありました」

宮道さんはハンドボールに大学生活を捧げたと言っても
過言ではありません。

宮道さん)18歳 宮道さん18歳!

3部リーグ所属の弱小ハンド部が、宮道さんがキャプテンに
就任して1年で、2部リーグに昇格。

さらに、どうしても1部リーグ昇格の夢を実現したくて、
就職が決まっていたのに留年しちゃった宮道さん・・・

「みんなですごく頑張ったんですが、残念ながら2部のままでした。
卒業して地元のTV局に就職しまして、コーチとして母校に教えに
行ってたんです。そしたら、その年に念願叶って1部昇格を果たしました」

弱小国立大ハンド部がインターハイ経験者が揃っている私立大学に
ひけをとらないチームに育っていく・・・
そのプロセスが本当に面白かったそうです。

「入部した時はひょろひょろだった部員が、4年間で急成長していく様子を
目の当たりにして、監督業から人を育てる醍醐味やチームマネジメントに
軸足が移っていきました」

その後、人材やコミュニケーションをキーワードに転職されて
ご家族を連れて東京へ。

宮道家の旬は「ヒメダカ」と「ハムスター」!

めだか水槽 ハムスター)みるく 2代目ジャンガリアン「みるく」

地域の野球チームでは背番号34番をつけて活躍中。
ピッチャーを目指して特訓中だそうです。

日の出サンライズ

 

☆宮道さんがワクワクする時ってどんなときですか?

宮道さん)高校時代 お酒を飲みながら人と話すとき♪

コミュニケーション hakozaki | 2007年11月7日(水)

山が呼んでいる[2]

6,200mの頂上に立つべく、着々と登山を続ける横田さん。
高所順応を行いながら、まずはベースキャンプを目指します。

タンボチェにて 
正面がエヴェレスト!世界最高峰の8,848m

イムジャ氷河 
エヴェレストの南約9kmに位置する湖面標高5,010mのイムジャ氷河湖。
近年の温暖化で決壊の危険性が指摘されているそう。大問題!

ベースキャンプは標高5,300m。
テントで1泊します。

雷鳥(ハイキャンプにて)

ベースキャンプでこんにちは♪ ヒマラヤの雷鳥「コンマ」

そして、いよいよハイキャンプで1泊。
1泊と言っても深夜2時過ぎには出発です。

4時過ぎには「アイゼンポイント」と呼ばれる雪のある地点まで
たどり着き、夜明けを待って(20分位)雪上行動を開始します。

アイランドピーク雪壁

あの雪壁を登ると頂上が・・・
って、あの壁、ほぼ垂直に見えますが、横田さん大丈夫ですか?!

アイランドピーク1

この壁は60度位の傾斜ですが、体感傾斜は90度・・・(横田さん)

傾斜が80度を超えると雪も積もらない(積もれない)そうです。
スノーブーツにアイゼンを装着し、ロープを握り締めて
ザックザックと登ること約2時間。

じゃーん。やりました! アイランドピークに登頂成功!!

頂上からの眺め 
写っている足は横田さん。滑るな危険!
頂上は4畳半くらいのスペースしかなかった・・・

アイランドピーク2 やったぜ、オレ!

わー、すごい横田さん。
本当に登っちゃったんですね、6,200m!

下山する時は高所順応関係ないので、早い、早い。
1週間かけて登った行程を3日で。

「登る時は高山病対策で酒断ちしてたので、カトマンドゥで
飲んだビールがもう最高でした~!」

エヴェレストビール 

祝杯は「エヴェレストビール」で♪
このビールは2003年に、エヴェレスト初登頂50周年を記念して
発売されたビールだそうです。

■横田さんが今回の登山のために準備したこと

1)筋トレ(自宅で)を3日に1回
2)高所順応のために富士山の9合目で1泊

ええーっ、何かもっと特訓みたいな事は?!

「一番大事なことは現地でアレンジしてくれる会社選びと
経験豊富な山岳ガイド(シェルパ)についてもらうことです。
あとは同行者ですかね・・・」

今回横田さんが一緒に登ったのは知り合いの山岳カメラマンさん。
登山チームに頼まれて、8,000m級の山々を機材かついで
渡り歩いている腕前の持ち主です。

なので、横田さんの男前な写真もたくさん撮ってくれました♪
なるほど、同行者は大事ですね(笑)

横田さん、次なる目標は?

「やっぱり8,000mに挑戦したいですね。8,000m級の山で
比較的登りやすいと言われている『チョーオユー』に
登りたいです」

チョーオユー???
ちょっと調べてみたら、標高8,201m。
しかも、世界で6番目に高い山じゃないですか!

「行程日数も登山費用も半端でなくかかるので、
構想はじっくり練ります」

 

☆横田さんの山に登るワクワクってなんですか?

登山証明書 新しい発見と新鮮な喜び♪

コミュニケーション hakozaki | 2007年11月5日(月)

山が呼んでいる[1]

今日はコクヨ株式会社RDIセンターにお勤めの
横田敬司さんをご紹介します。

8月に当ブログでご紹介した際、ヒマラヤ登山の予定を
伺いましたが、みごと登頂を果たして、
パンダ焼けのお顔もまぶしく、無事に帰国されました。

今回は横田さんのヒマラヤ登山レポートをお届けします!

まずは充実のスケジュールから・・・

9/29 関空出国、バンコク経由でカトマンドゥ着
9/30 カトマンドゥ~ルクラ間移動。朝6時には国内線の空港に到着
9/30-10/6高所順応*を行いながらロッジ(山小屋)泊で移動
10/7 ベースキャンプ*到着
10/8 ハイキャンプ*到着
10/9 深夜2時過ぎ行動開始、8:00登頂
10/10-10/12下山
10/13 ルクラ~カトマンドゥ国内移動
10/14 カトマンドゥ観光
10/15 ネパール出国 バンコク経由関空へ
10/16 早朝関空着

お~長いですね~
長期休暇ですね~
いい会社ですね~

横田さん
「1年がかりの根回しの賜物です」 と爽やかスマイルの横田さん♪

ヒマラヤですから!
標高6,100mですから!

この位のスケジュールを組まないと登山慣れしてない人には体調管理が
難しく、命にかかわるケースもあるそうですから、油断できません。

実際、今回の登山で横田さんが一番気を遣ったのは
「高山病にならないこと」だそうです。

*ここで登山用語の豆知識を。(監修/横田さん)

■高所順応
高所では気圧が低く空気が薄くなるために、低酸素状態になります。
低酸素の状態で行動すると、高山病を発症するので体を慣らす必要があり、
これを高所順応と呼びます。

低酸素の状態に体を慣らしながら登山を行うには・・・
・急な状態変化を作らない(一日に標高差500m以上の移動を避ける)
・体を慣らす「高所順応日」をつくる。その日は一日何もせず、
その場に留まるだけ(ボーっとしてるだけ)にする。
・一旦4,400mまで登った後で4,000mの場所に戻る。
といった方法をとります。

■ベースキャンプ
登頂の際の活動の中心となる拠点のこと。

■ハイキャンプ
ベースキャンプと頂上の間の行程が長い場合に設ける中間拠点のこと。

何となく気分が登山モードになったところで、カトマンドゥです。
以前、行ったことがある知人から、空港が盆地にあって
霧が発生しやすく、離着陸は命がけだと聞いたことがあります。

本当にそうなんですか?

「カトマンドゥもそうですが、ルクラ(エヴェレスト方面の唯一の拠点空港)は
霧で飛行機が飛ばないことも多いんです。
なので、なるべく早めに空港に行って順番を待ちます。
その上、着陸のとき山の斜面を上って、上がりきったら90度右折して
止まるんですよ。離陸するときは、斜面を下ってそのまま上昇します」

山に登る前から命がけ・・・?!
その上、乗った飛行機はこちら!

プロペラ機 ←プロペラ機・・・

ルクラ空港から5時間歩いて1泊目のロッジへ。
すでに過酷な道のりの予感がします。

でも意外なことに、標高3,000mを超えてもメールチェックできるそう。

「ネットカフェがあるのはエヴェレストエリアで最大の集落
『ナムチェバザール』です。外国人のトレッカーが多いので
"ネパール一物価が高い"と言われています」

サイバーカフェ

↑看板に3445mtの文字が。パラボナアンテナで衛星携帯を使って通信するそうです。

ベースキャンプまではロッジ(山小屋)に宿泊。
ロッジはどんな感じなんでしょうか?!

ロッジ外観 ロッジ内部

標高4,700m位だそうです。すでに富士山より高い・・・

ロッジでは普通に食事ができます。
さて、これは何のステーキでしょうか?!

ヤクのステーキ

「これはヤク肉のステーキです。標高が上の村では殺生をしてはダメ、
という地元ルールがあるので標高が上がるほど新鮮なヤク肉が
入手できなくなるらしいです。そう言えば、ヒンズー教徒の方は
牛肉を食べませんけど、荷物を運んでくれる毛長牛は牛じゃないから
と言って食べてましたね。」

宗教によって食べてはいけないもの、あります、あります。
そして、お肉にまつわるこんな悲しい思い出も・・・

「チベット仏教では新月の晩は宗教的に特別な意味があって、
肉を食べてはいけないらしいです。敬虔なチベット仏教徒が
経営するロッジに泊まった時の事ですが『ミックスフライドヌードル』
を頼んだところ、入っているはずの肉が無かったのです!

その日がちょうど新月だったので、客である僕たちも肉食禁止を
強要されていたみたいです。注文前に言って欲しかった・・・」

そんなこんなで様々な想いを胸に秘め、いよいよ頂上を目指します。
がんばれ、横田さん!

(続く)

●横田さん、こちらもがんばってます!
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講師 hakozaki | 2007年10月12日(金)

肩の力は抜いて、手は抜かず

今日は株式会社田代コンサルティング代表取締役の
田代英治さんをご紹介します。

tashirosan.jpg

田代さんは大手海運会社に20年お勤めの後、独立。
通算9年間在籍した人事部時代に社労士の資格を取得され、
現在は人事労務関連から人事制度のコンサルティングなど
幅広い分野でご活躍です。

理想的な独立起業ではありますが、それにしても、
会社の業績が良くなってきた時に独立を決断とは
ご家族も心配されたのでは・・・?

「独立してからも勤務していた会社の仕事を
 業務委託契約できるからと説明しまして・・・
 一応、安心してもらいました(笑)」

資格を活かして企業の人事部で経験を積んでいくという
選択肢もあったと思いますが?

「会社の仕事というより、人事の仕事を専門家として
 極めたいと思ったのです。そのためにはもっと
 フィールドを広げたいという気持ちがありました」

さて、田代さんは子供時代を福岡の炭鉱の町で過ごし、
高校は親元を離れて広島で寮生活。

中学、高校時代は卓球に熱中していたそう。
高校では県大会で準優勝したほどの腕前です。
ちなみにシェイクハンドのカットマン。
相手のスマッシュやドライブを丁寧に拾い続けて
チャンスを逃さず、のプレースタイルは
田代さんのライフスタイルにも通じるところあり?!

何をするにも「継続」が大切とおっしゃる田代さん。
黎明期に始めたブログも4年目に入りました。

「仕事のことは意識せず、スタートしたときからずっと自分が
 発信したいテーマで書いていました。
 それが、ブログを書き始めて2年目くらいからでしょうか。
 ブログを通して仕事の問い合わせが入るようになりました」

何事にも自然体で向き合っている様子が印象的な田代さん。
今年の春には知り合いの出版社の社長さんから勧められ本も出版!

jinzaibook-img.gif「人材開発会議」(企業年金研究所)

そして先月、独立当初に希望していたオフィスビルへ念願のお引越し☆
フロア全体のインテリアやデザインが音楽をテーマに統一されていて、
とってもおしゃれ~♪

window.jpgオフィスの窓は音符♪

事務所移転も一段落して、お仕事は充実の日々…
そんな田代さんの休日の過ごし方は?

「掃除、洗濯、買い物です。つまり、料理以外ですね(笑)」

soujiki.jpg愛用の掃除機~!

田代さんの人柄が出ていると評判の人気ブログは必読です♪

~人事労務屋のつぶやき 独立編~
http://blog.tashiro-sr.com/

  
☆田代さんがわくわくする時ってどんなときですか?

kenshukai.jpg新しいことにチャレンジするとき♪

マーケティング hakozaki | 2007年9月10日(月)

無心で撮るからシャッターチャンス

今日は株式会社 リサーチ・アンド・ディベロプメントにお勤めの
牛堂雅文さんをご紹介します。

ushidosan.jpg

マーケティング会社で調査の企画や分析を担当している牛堂さん。

お仕事柄、真面目で几帳面な第一印象ですが
多彩な才能をお持ちです。

中でも始めて6~7年というカメラはセミプロの域に・・・

「最初はラリーカーを撮っていたんですが、すごく速いので
 うまく撮れないんですよ。悔しくて、1秒に15コマ撮れる
 オリンパスE-100RSを買ったのが写真にのめり込んだきっかけです」

それでは牛堂さんのフォトアルバムをお楽しみください。

nagasakicat.jpg ●「長崎の猫」

昨年、念願の九州旅行で長崎へ。
油断しまくりのネコちゃん。

牛堂さんに撮って欲しかった?!


ochiba.jpg ●「落ち葉」

さて、ここはどこでしょう?
神宮外苑?

いえいえ、休日出勤の途中の浜町です。

何気ない日常の風景からキラリと光る1コマを、
というのが牛堂さんのモットー。


nakano.jpg ●「中野の二人」

カメラおたくの聖地、中野。
どこから撮った写真でしょう?

なんと中野駅のホームだそうです。

世界は二人のために?
周囲から人波がさーっと引いた一瞬。


sax.jpg ●「初代 YAMAHAくん」

サックス歴3年の牛堂さん。
ジャズ好きが高じて習い始めたサックスも
新しく2代目(キャノンボールくん)を購入するまでに。

写真は初代のYAMAHAくんです。


20代は愛車シルビアで走り回ったり
パラグライダーで大空を飛び回っていた牛堂さんですが、
30代になってからは意識的に趣味の幅を広げ、新しい世界に
チャレンジしているそうです。


本業で培われた分析力を生かし、ブログも更新中!
ユニークなマッピングに注目です♪

マーケティングリサーチャーが斬る!?
 http://ameblo.jp/ushido

☆牛堂さんがわくわくする時ってどんなときですか?

honenin.jpg意外な発見&意外な出会い♪

PR hakozaki | 2007年8月30日(木)

好きな道をてくてく歩く

今日は株式会社ライトアップにお勤めの
萩原陽一さんをご紹介します。

hagiwara.jpg

歩くのが大好きな萩原さん。
毎日片道25分かけて徒歩で出勤しています。

趣味はお散歩~♪

週末に時間を見つけては、目的地だけ決めて
雰囲気のある裏通りや何気ない風景を携帯で撮りながら
ひたすら歩くそうです。平均散歩時間は3時間!

萩原さんはクラブ音楽も大好き♪
世界中のクラブで踊る!という野望を胸に秘め
26歳の時に7ヶ月かけてユーラシア大陸19カ国を旅しました。

bp.jpg

●ワルシャワにて
 同じレコード店に続けて通っていたら、客としてきていた
 お兄さんと友だちに・・・
 おすすめレコードを教えてもらえて大満足~♪

●フィレンツェにて
 中田英寿がいた頃で、中田が泊まったユースホステルに
 宿泊。フィレンツェのピザは美味しかった!

●パリにて
 マンションで共同生活。ルームメイトは日本人のプロサッカー選手。
 日本に帰ってからポーランドのプロリーグで活躍していることを
 知ってビックリ~!

そして、旅の最後のイベントはスペインの南の島イビサで年越し。
どうしてイビサ島へ?

「美しい岬で地中海の初日の出というのもありますが、
 イビサはクラブの聖地と言われてるんです。世界的に有名なDJが
 代わる代わる登場し、ものすごい盛り上がりでした!」

ibiza1.jpgpacha.jpg

実はDJ歴10年の萩原さん。
クラブ音楽に出会ったのは、千葉から東中野まで通っていた
中学時代。学校帰りに友だちと新宿ルミネのタワーレコードに
寄るのが日課だったそう。

「音楽のことは全然わからなかったけど、とにかく視聴しまくって
 気に入った曲があると友だちに『これかっこよくね?』と(笑)

 それがクラブ音楽だと知ったのはだいぶ後です。CDになってなくて
 レコードが多かったので、中学生なのにお年玉前借りして、DJが
 使ってるターンテーブル買ったんですよ」

高校~大学時代はイベントに呼ばれてDJ活動も本格的に・・・
萩原さんおすすめのクラブは渋谷のThe Room !

metamorphose.jpg
↑伊豆の野外フェス「メタモルフォーゼ」は先週行ってきたばかり♪

将来は、実力のあるアマチュアがプロで活躍できるように
著作権などを勉強して音楽関係の仕事に就きたいと考えていたそうです。

現在はSNSコミュニティの運営代行やコンテンツ制作などを手がける萩原さん。

自社で運営しているSOHOネットワークのサイト「クリエイターズ・ジェーピー」を通して
フリーの方々と仕事をご一緒し、当時の想いを実現していますと嬉しそうに話してくれました。

★萩原さんがワクワクするときってどんな時ですか?

ibiza2.jpg知らない街に降り立ったとき♪

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